9話 混沌からの来訪者(後編)

依頼者:ジナイーダ
報酬:60000c
作戦領域:アイザールダム

「どう、シーナ?状況は?」
「スティンガーを含めて、ACが4機・・・デュアルフェイスとファシネイター。最後は・・・」
「紅いAC?データには無い機体ね・・・」

「“カオスマトリクス”だと・・・あの女め!!」
 スティンガーの表情は苛立ちと焦りの融合した「モノ」であった。ただでさえ、「雇い主」から贈られた秘密兵器をこうも簡単に「無」と化し、実質的に戦力不足(アライアンス本部には強大な旧企業の力がまだあるとはいえ、「アライアンス」としての組織自体の連携は取れていない)なアライアンスの施設を奪取するよう要請を受け、「任務失敗」という結末に転落。完璧主義のスティンガーにとっては生涯に匹敵する屈辱を味わうこととなったのは誰にも知らない。無論、スティンガー本人もこの時点ではである。

「く・・・、余計な邪魔が入った。この借りはいずれ返す!」
 
スキールニルのメインモニターには敗走するヴィクセンの後姿が映し出され、一呼吸整えるとゼクセンはレーダーからは戦闘エリア外の位置に立つカオスマトリクスをカメラ越しに睨みつけ、左肩のマイクロミサイルに武装を変更し、最大画像でカオスマトリクスに照準を定める。・・・次の瞬間、ゼクセンは「彼」に有無を言わす時間も与えずミサイルランチャーから火を吹かせ、彼がいたがけの先端は爆発、灰色の爆煙からカオスマトリクスの機影が映るとブースターを最大出力に吹かせながら急加速で接近する。落着したカオスマトリクスは透かさず右腕のハイレーザーライフル「カラサワ」を構えると煙の奥から現れたACスキールニルへ発砲する・・・が、着地した衝撃で腕部の信号速度が若干遅くなり、撃ち出すまでにコンマ数秒のラグが生じた。その隙を狙い、ゼクセンはミサイルランチャーのシステムを全段発射に切り替え、2度目の攻撃にしてこれまでにない最大火力を叩きつけた。ゼクセンはさらにブースター出力を限界点オーバーまで上げ、ミサイルの弾速を追い越してカオスマトリクスに肉薄、零距離で右肩のミドルロケットをお見舞いさせた。

「・・・っつ、あの赤い機体、かなり無茶してこっちに近づいてきたな?カラサワのトリガーを引かせないほどのスピードで接近か・・・」

 カオスマトリクスのパイロット「シーナ」は、苦笑いの顔でスキールニルを見つめた。彼は冷静に状況を察し、スキールニルは今の急加速でジェネレータは悲鳴をあげている筈と考えた。
「残念だが、あと一発もらってもらうぞ」
 シーナの耳に通信が入った瞬間、スキールニルは咆哮ともいえる重い音を放つ。カオスマトリクスのインジケーターに表示されたスキールニルのENメーターを見ると出力が最大にまで回復していた。
「今回の任務用に整備の連中に作らせた強化型サブジェネレータさ」
「参ったね、これは・・・」
 ゼクセンが放った3撃目はブレード。ただし、切り払うのではなく、射突型ブレードと同じ「突き」であった。咄嗟に機体を交代させるもゼクセンの「左ストレート」は右腕を直撃。破損した右腕からカラサワが落下。スキールニル側は連続しての無理なジェネレータ出力の負荷に耐えかねて漸く「悲鳴」をあげた。ラジエータがフル稼働して機体はどちらかの足が動けないほどのEN不足となった。
「シーナだな?」
「まだ名乗ってないのに、俺の名前を知っているんだ?」
「アークにいれば誰だって知ってるさ。あのジャックでもな・・・」
「ジャックか・・・彼がアークを仕切ってから、随分と様変わりしたけど、組織はもう消えた・・・」
「悪いが、俺は昔話を聞くために話し掛けてるんじゃないからな。単刀直入で言う。スティンガーの代わりになれ」
「懸賞金か・・・それはゴメンだ。俺はまだやる仕事が別にあるのでね?(笑)」
「・・・いいだろ、今回はほんの挨拶代わりしておこう。スティンガーを追うんなら早く行きな!」

「結局逃がしていいのか?お前らしくないな・・・」
「外敵を追っ払っただけでも良しとしてくれないか?最低限の仕事はこなしたんだ、文句はないだろ?ジナイーダ?」
「つまらない用につき合わせてすまなかったな。私はこれで失礼する。次に会うまでには生きていろ、お前には少し興味がわいた。また会おう」

「行ってしまったな」
 漆黒のACデュアルフェイスのジノーヴィーは、愛機から降りてゼクセンに形式上の礼を済ませると雑談を持ちかけた。
「アグラーヤ・・・いや、ジナイーダは、私と近い女だ。ジャック・Oの言う“ドミナント”という人間なのかもしれない」
「ドミナント?」
「今はまだ知らなくて良い、ただ、次には敵になっているのかもしれない相手に言うのも変だが、私からの忠告だ。ドミナントという言葉に危険な感情を抱くな。同僚に一人、既にその魔性に陥った男を知っている・・・」
「それ以上は言うな、臆病風に吹かれたと本部の石頭連中に後ろ指を指されたく無ければな。だが、忠告はありがたく憶えておく」

 ドミナント・・・

 この言葉の意味するところとは一体なんなのか?

 全ては、ジャックが予告した襲撃時刻後・・・

EXIT