第5話 狩人

 

 

依頼者:被災難民

作戦領域:セントラルオブアース郊外

報酬:36000c

 

7時間前 某所個人ガレージ

 

無機質なデッキの片隅に、周囲の無骨な機器にはおよそ似つかわしくない老人が独り、佇んでいる。

寄りかかる壁から背へと、金属の冷たさが伝わってくる。厚い壁に囲まれ、照明の落とされた室内は静謐(せいひつ)でありながら何処か(おごそ)かな空気に満たされていた。

老人の傍らには、彼の愛機が巨大な宗教彫刻を思わせる姿で起動の時を待っている。

「オグマよ…」

痩躯(そうく)の老人――レイヴン・ファゴスは自らの‘神’を見上げ、静かに語りかける。

「この枯れ木にも(ようや)く…水が――時が満ちた。今や根は完全に(ひた)っている。…わしはこんなに老いぼれて、死出(しで)の旅路ももう、そう遠くはなかろうに。」

ゆっくりとパネルに手をかける。

コクピットの中は外界から遮断された異空間そのものだ。この中で数多の戦場を見、その度に老人はこの愛機に数々の改造を施した。出力を追及したブースター、装甲を軽量化した関節、強力なライトで明度調整可能なカメラアイ…。

――老人は静かに目を閉じ、深呼吸する。

その目が再び開いた時、オグマの眼もまた、鮮烈な赤光を放つ。先程までの印象とはまるで違う、‘太陽の顔をもつオグマ’に相応しい威容が、そこにはあった。

目を覚ました痩躯の巨兵は重々しい金属音とともにゆっくりと右足を一歩、踏み出す。リフトが無い為、慎重に一歩ずつ前進する。ロックが外れ、外への扉がゆっくりと開放されてゆく。

森の冷たい空気とともに、真っ白な霧が室内に流れ込む。濃霧の向こう、明けきらぬ空に取り残された星々の下、並び立つ森の木々が僅かに映る。

老人の駆る鋼の‘神’はやがて、果てしなく広がる様な白の中へと消えていった。

 

AM11:28 セントラルオブアース郊外

 

市街地を出て西に向かい、一昔前に政府の作った人工林を抜けると、目の前は一面、草木もまばらな乾いた大地に変わる。旧企業の造った兵器工場は、今はその役目を終え、亡霊の様に(たたず)んでいる。しかし、使われなくなって久しいはずのこの施設に出入りするものがあった。MTが数機とACが1機。

(ここか。)

岩陰から施設を(うかが)っているACが一機。

(あの、虫の様な(まだら)の機体…あやつに相違あるまい。)

「じいさん、ターゲットの様子はどうだい?」

老人はぶっきらぼうなオペレーターからの通信には答えず、尚も厳しい眼差しでモニターを眺めている。

丁度、周囲の色に解けている迷彩カラーの機体は、周囲のMTの配置をチェックしているらしく、左右に首を振りながらゆっくりと施設内部に入っていった。

「どうした、何か問題でもあるのかい?」

「肝心の相手は見えんが、厄介な奴がおる。」

ACの反応があったから、てっきりターゲットかと思ったんだが…あんたが厄介だと言うなんて、一体、どんな奴だい?」

「怒れる狩人…」

一度言葉を切り、再び落ち着きを感じさせるゆっくりとした口調で老人が続ける。

「ピン・ファイアーの息子よ。」

「なるほど…。そいつは確かに。…だが、その‘狩人’を止められる、熟練の狩人そこにいるじゃないか。」

――この男は時々、からかっているのか本気なのか判らない態度をとる。そしてその度に老人は眉を下げて苦笑するのだった。

「今、映像を確認してる。ちょっと待っててくれよ…。何しろ、ノイズが(ひど)くてな。」

どうやら、施設内部に大型のECM発生装置があるらしく、モニターはともかくとして、レーダーはおろか、映像の送信にまで影響が出ているらしかった。

「お主でも、これにはかなわんか。…ゲートの真上の足場に2、ゲート脇に左右各1、距離をおいて前に5。右、物資搬入口前に2と、頭と思しき者が1。」

「よく見えないな。上のはどんなやつだ?」

「前々からよく見かけるものだ。緑色の人型で、長い銃を構えておる。これが見張りか。」

「…多分な。でも、じいさんの事は見えなかったらしい。いい加減なもんだ。

老人は声を立てずに笑った。

「解析終了。ゲート脇はOWL。最近需要が増したECM装備のMTだが、今回コイツだけ破壊しても無駄だな。前の搬入口のはサイレントウォーカー、上は多分、ローバストSTだな。後1機はどう見てもタービュレンスだ。そいつは見かけよりすばしっこい上、ミサイルを撃てる。雑魚だが…」

「油断はせん。」

老人は目を(つむ)り、きっぱりと答えた。

「おっと、釈迦に説法だったな。」

「時間がないな。もう少し探りたいところじゃが…行くとするか。」

言うが早いか、前も見ずに機体の右腕を岩から出す。

一瞬の後、凄まじい爆音と共に熱風が吹き付けた。

「何事だ!?状況を報告しろっ!」

(あわただ)しく辺りを見回すMT達。先程の一撃は搬入口横の燃料タンクに命中して、辺りを黒く焦がしていた。

「…!?」

――パンッ…!

弾ける音がして、ゲート脇に控えていたMTの右腕が飛び、次いで構えなおした左腕が、瞬時に砕けた。

「しまった!…(おとり)だったか!全機、気をとられるな。敵は…」

――パシュパシュパシュパシュパシュパシュッ!!

矢継ぎ早に軽快な発砲音が響き、それに重なる様に重い命中音が轟く。5秒程で3機が両腕を失い、戦闘不能に(おちい)った。

「アルファ1、2、5、及び7、中破。戦闘不能!」

「気を付けろ、恐らくキャノンだ。奴はあの岩陰だ!」

MTタービュレンスがパルスライフルを構えるが、オグマは素早く右に飛び退()くと、そのまま急加速して真っ直ぐ標的に突っ込んだ。

「…遅い。」

「何っ!?」

衝突寸前で左にサイドステップを踏むと、近くの1機に向き直り、右腕をゆっくりと水平に上げた。

――ドンッ

MTの右腕が()ぜ、衝撃でよろける。――どうやら破片がカメラを破ったらしく、しゃがみ込んだまま動こうとしない。

「バラバラでは通用しない。全機、攻撃を集中しろっ!」

一瞬立ち止まったオグマ目掛けて3発の光弾が殺到するも、流れる様な左右のサイドステップで悠々とこれを(かわ)し、軽く地を蹴ると、ブーストを使い高々と飛び上がって右手のレールガンを構える。

「化け…物っ!!」

慌てて上を向くMTだったが、横から光条が(かす)める。上にいたはずのオグマは、MTの隣で武器を構えていた。

真横から胴体スレスレを撃ち抜かれたMTは両腕の肩から先が無くなっていた。

「アルファ4、6、中破!両機共、両腕部破損につき戦闘不能。」

「腕のみ?」

タービュレンスが一瞬、動きを止めた。

「…そうか、そうゆう事か!!…ハハ…フハハハハッ!!…こりゃあ、傑作だ!」

MTを指揮しているらしいタービュレンスのパイロットは、不気味な余裕を込めて笑った。

「…各機に告ぐ!敵は諸君等を絶対に殺さない。一切の遠慮は要らない。――ありったけの弾丸を奴に叩き込め!」

途端に銃撃が激しさを増す。

「…ほう、気付いたか!」

ファゴスは、ここへきて初めて、オグマのシールドを展開することにした。

「流石に骨が折れる…。戦士にはやはり、(ラウンドシールド)が必要か。」

「フフッ、貴様ぁ、噂に聞く“魔術師”だな?」

「ほほっ、魔術師か。それはいい。」

老人は余裕の態度を崩さない。

タービュレンスは距離を離し、肩を下げるとミサイルを放った。

2発のミサイルを空中で(かわ)す。そこへすかさず右後ろをとったタービュレンスが、パルスライフルを放つ。ファゴスは即座にオグマの上半身を捻り、シールドでこれを弾いた。

「ちっ!」

搬入口前にいた2機と前衛の1機が大きな腕のキャノンを代わる代わる撃ち、タービュレンスがミサイルで合わせる。

「ほらほら、どうした?魔術師さんよぉ!撃つのに時間がかかる武器で集団相手とは笑わせるよなあ!!」

ザザッ…。

スピーカーから僅かに雑音が聞こえる。

「じ…さん、音声以外の…が全くダ…だ。……に近過ぎ…んだよ…」

耳障りではないが、途切れ途切れで酷く聞き辛い。

「大丈夫だ。ほれ、お前さんは水でも飲んで休んでおれ。」

「無理す……よ。ウチの常…さんが一人でも減っちゃ…るからな。」

老人はそれには答えず口元で笑った。

先程からずっと、見張りのMTは長い銃身が足場につかえて、下を狙えずにあたふたしている。

「ローバストは奴が空中に出たら躊躇(ためら)わず撃て。」

「ほう、少しは頭が切れるようじゃな。――しかしな、こうしたら…」

オグマは弾を避けながら再び岩陰に入ると、おもむろに膝をついて、小型パルスキャノンを斜め上に乱射した。

崩れ落ちる足場。体勢を崩し、為す術無く放り出された2機の見張りに更に光弾が襲いかかる。4発の光弾は恐ろしい程精確に2機の両腕のみを破壊した。

「…やられました。アルファ10、11、戦闘不能。」

「…もうやめよう。無意味だとは思わんか?」

老人は極めて穏やかになだめると、オグマの腕を下ろし、停戦の意志を示した。

「貴様…!!ふざけているのか!?」

男の唸る様な低い声は怒りと焦りで震えていたが、老人は何も答えない。

タービュレンスの小さなミサイルハッチがオグマの方に向けられる。

一旦、動きを止めていた他の3機のMTも慌てて腕を持ち上げ、その紫の砲身の先端は再びオグマに向けられた。

「ふざけるなぁっ!!」

大声で言い放つなり、空中からまるで狂ったかの様にミサイルを撃ち始める。2発ずつ放たれるミサイルは、単純な弧の軌跡を描きつつ、次々に押し寄せる。オグマは軽くジャンプするとブーストをかけ、上昇、降下、着地、サイドステップ、上昇、後退、降下、着地、前進…と、流れる様な一連の動作で次々に躱し、タービュレンスとの距離を詰める。

残るMT達は散発的にキャノンを放つが、そんな中途半端が通用するはずはなく、それらは時折地面に当たっては黒煙を上げるものの、後は空に吸い込まれる様にして消えていった。

「ふう…。避け続けるのもそろそろ疲れた。すまんが…」

不意に、老人の機体が銃を構えなおす。鈍く光るレールガンの砲身に、澄んだ蒼い光が収束する。

「少し黙ってもらうかな。」

慌てて回避行動をとるタービュレンスだったが、一瞬後、爆音は遥か後方から響いてきた。

「アルファ3、8、共に右腕部破損!!」

「何だと…!?本当に魔術師だとでもいうのか?」

オグマがゆっくりとタービュレンスの方に向き直る。

「まだ、愚かな戦いを続けるのかな?」

殺される事はない――そう解かっていても、言い知れぬ恐怖がパイロット達の心を(むしば)んでいた。

「ひ、(ひる)むな!ありったけの弾薬を叩き込めっ!!何としてもここを通すな!」

タービュレンスと無傷の1機が並んで構え、右腕を破壊された2機も左手のマシンガンを構えて乱射した。

コクピットの中、老人は(うつむ)き、左右に首を振った。

(愚かな。…否、初めから分かってはいたが。)

突然加速を始めたオグマは、凄まじい勢いで一直線に敵の列へと突っ込んだ。

ミサイルの発射体勢をとるタービュレンス。

「くたばれっ!」

しかし――弾薬は底を尽きたらしく、幾らスイッチを押しても反応がない。

「そんな馬鹿なっ!?…やめろ…来るな…、来るなぁぁぁぁぁっ!!」

 

「…終わりだな。お前も潮時じゃないのか?」

「うるさいっ!そんな事、お前に言われずとも、けじめぐらいちゃんとつける。そんな事よりお前は、報酬分の仕事をしっかり果たせばそれでいいんだっ!」

工場中央で待機していた2機は、前線からの通信を聴き、更に奥へと進んだ。

「後はお前の部下が仕掛けたトラップが、どれだけ通用するかだな。まあ、期待はしていないがな。」

乾いた色の迷彩を施した4脚のACは、両手を上げておどけてみせた。

馬鹿にするなっ!」

盗品らしい旧式パーツを中心に組まれた2脚ACのパイロットは、ことあるごとに声を荒げた。怒鳴って虚勢を張ったところで貫禄があるでもなく、見るからに小物といった感じが滲み出ているのだが、本人は自覚していないらしい。

「…抜かりは無い。俺達だって一応プロだからな。…ここまで危ない仕事ばかりやってきて、これから楽が出来るって時に、たった一人のレイヴンなんかに台無しにされてたまるかっ!」

(タダの盗賊崩れが、プロだと?)

「…フッ…。」

四脚ACのパイロットは(あざけ)る様にほくそ笑んだ。

 

「ま、待てっ…。」

ゆっくりと歩を進めるオグマの背にもたれる様にして、ただ追いすがるタービュレンス。盾すら破られて両腕を失い、最早、戦闘兵器とは呼べない有様になっている。

その後方には、同じく両腕を破壊された数機のMTが肩から煙を棚引かせて、あるものは膝を屈し、またあるものは半ばめり込む様に地に()して無残な姿を晒していた。

 

――あの時、敵の列に飛び込んだオグマは、レールガンの先端にエネルギーを収束させたまま飛行し、まるで、杖ででも打つ様に右に左にと、次々敵の腕の関節を叩き壊した。オグマはそのままタービュレンスに接近すると、盾目掛けて弾丸を放つ。蒼い光条は盾を砕き、左手を唐竹の様に裂いて後ろへ抜けると、やがて蒼穹へと消えていった。タービュレンスは衝撃が収まるのを待たず即座にパルスライフルを構えて放つが、オグマはその場にしゃがんでこれを躱し、そのままキャノンを構える。軽快な音と共に光が翔け、タービュレンスは木偶(でく)と化した。

 

「去れ!」

老人は珍しく強い調子で言った。

「行かせて…たまるかっ!」

ファゴスは深く息をつくと、オグマを宙に舞わせた。閃光が地を貫き、木偶人形は脚を失って倒れた。手足の無いタービュレンスは脚の短い亀の様に見えた。

「引き際を知れ。大海の潮の如き潔さを…な。」

振り向く事無く告げると、老人は再び歩を進めた。

 

四角いゲートを(くぐ)るとその先は、リベットで留められた無機質なパネル床とパイプラインの一部と思われる太い管が走る通路だった。真っ直ぐ延びた通路の先、先程のものと同型のゲートが見える。既にノイズは限界を超え、モニターにも支障が出ていた。

(この先か。何も無いはずはなかろうな。)

通路を進むと後方から微かな音がした。即座に回避行動をとるオグマ。弾丸は床に当たって跳ねた。

肩越しに振り返るとそこには、2門のマシンガンを備えた天井砲台がズラリと並んで狙っていた。急いでゲートまで移動するも、ロックがかかっていて開かない。

「やはり罠か。だが…」

(詰めが甘すぎる。奴ではないな。)

老人は一瞬思案していたが、トラップの銃口が鋭く動いたのを確認するとオグマの腰を落として重心を下げ、後ろを振り返る事なく高速で後退を始めた。発砲を始めたトラップは次々と休む事なく火を吹き、途切れる事無く打ち出される弾丸がオグマの足元ギリギリで跳ねる。オグマは右手を水平まで持ち上げると、先程の低姿勢から脚を伸ばす様にして高々とジャンプした。

「矢を以って木の実を落とすが如く…。」

光条は天井に沿って真っ直ぐ進み、一撃で全ての天井砲台を貫いた。

「ふむ…やはり、少しばかり強過ぎるか。加速を抑えて数を増やすかな。」

ファゴスは(あご)に生えた真っ白な(ひげ)(ひね)りながら苦笑した。

老人自ら改造したレールガンは、エネルギーの充填時間を長めに取る事で加速を上げて威力を大幅に高めているが、弾丸射出時に砲身にかかる負担の為、装弾数をかなり減らしていた。

オグマが前進して再びゲート前に立つと、重い鉄のシャッターが上がり、今度はすんなりと通る事が出来た。

「ふむ…誘い込むつもりか。よかろう。」

ゲートを潜ると、先程より何倍も広大な空間に機械類と、生産ラインの一部らしい巨大なベルトコンベアが置かれていた。

部屋の中央、そこだけ周囲とは色が違う、大きな柱の様な機械がそびえている。無数のコードが(つな)がった真新しいコンソールパネルが併設され、唸る様な低い音をたてて稼動している。――恐らくこれがあの忌々しいECMを発しているジャマー装置だろう。太いパイプを四方に伸ばす姿は(さなが)ら、枝葉を広げる大木の様に見えた。

()と似て非なる脆きものよ。」

一瞬の沈黙の後、偽りの樹は轟音と共に瓦礫と化した。

途端に計器類が正常に機能し始め、スピーカーから耳慣れた低い声が聞こえてきた。

「…いさん、聞こ…るか、じいさん?」

やや焦った様子の男の声に、老人の静かでゆっくりとした声が答える。

「ああ。よ〜く、聞こえるとも。…少しばかり、待たせてしまったかな?」

「まったくだ。えらく時間がかかったじゃないか。何かあったのか?」

老人は少しの間押し黙って思案していたが、やがて口を開くと、至って簡潔に答えた。

「…いや何、大した事ではない。」

「ま、あんたの事だから、大して心配はしてないけどな。それでも用心に越した事は無い。…特に今日はいつに無くヤバイ日になりそうだからな。」

オペレーターは鼻で笑ったらしく、スピーカーの向こうから、短い音が聞こえた。

顔見知りだからか分かるのか…。ファゴスの脳裏には両手の平を上に向けて肩を(すく)める、少々オーバーリアクション気味の男の仕草が浮かんでいた。

「待ちくたびれても可哀想だ、早いとこ敵さんのとこに行っちゃあどうだい?」

「そうするとしよう。」

再び遥か遠くに向けられた老人の眼は静かに澄み渡り、獲物を見据える猛禽(もうきん)を思わせた。

オグマのブーストを使い足早に部屋を出ると、先程と同じ構造の廊下にMTが2機。テロリストは何を考えているのだろうか。どう見ても遠距離対応の大型ライフル装備のMTを閉所に2機だけ配置して、支援のガードメカもトラップも置いてはいない。他に仕掛けがあるのか、単に物資が不足しているのか…。

侵入者に気付いた2機のMTが重々しい動きで同時に構える。

CR-MT83RSか。どこから盗んだんだか…。反応を見るに、そいつ等を除いてはACが2。それ以外は猫一匹いやしないな。」

――そのはずだがな。」

「…?」

老人は時折、先に起きる何かを見通しているかの様な、謎めいた言葉を発することがあった。オペレーターは暫く沈黙して考え込んでいた様だが、疑問を飲み込む事にしたらしい。

「時間は有効に使わないとな。」

オペレーターの言葉を耳で捉えながらも、オグマの右手の武器は既に輝き始めていた。

「イチイの弓の如く…。」

――老人はいつも、オグマの武器を古代の戦士達のそれに例えて呼んだ。大破壊より(さかのぼ)ること遥か昔、戦士達は、イチイの樹の材を大弓と、それにつがえる矢にした。更に、イチイのもつ毒は強く、(やじり)に塗る矢毒になった。古代ケルト民族の間ではイチイは霊的な力を持つと信じられ、その矢と毒を()って「相手を二重に殺す」といわれていた。

オグマの腕は、今度は低い位置を狙って静止している。

2機のMTが同時に発砲し、オグマの腕目掛けて弾丸が迫る。

――が、次の瞬間、床面を(えぐ)る様に光が走る。

ライフル弾を呑み込み、小気味良い音をあげて床面の鉄板を次々跳ね上げた弾丸は、MT達の(すね)を粉砕し、鉄(くず)()き散らした。

MTは2機共、大仰な音を立てて床に崩れた。

「脚が無くては追って来れまい。」

振り返る事も出来ない無様なMT達を残して、奥へ続くゲートへと進むオグマ。そこに通信が入る。

「キサマが…。決着をつけてやる!」

部屋に入るなり、声の主と思しきACが左腕で斬りつける。

ファゴスは至って冷静にオグマの左腕のみを動かし、シールドでこれを防ぐと、レールガンを相手の肩にあて、トリガーを引く。再度斬りつけようとした敵の左腕が弾けて、手首だけになった残骸が宙を舞う。

「ターゲット確認。敵ACは相当年季が入ってるな。改造も中途半端だし、単なる継ぎ()ぎと言ってもいい。恐らく盗品だろう。右手のアサルトライフルはあんたの腕なら気にする必要はない。左手のブレードは…もう壊しちまったのかい?ハンガーもEOも無いし、後はミサイルもレーダーも初期型で、カスみたいなACだ。ヘッドも目立たないし、どうだい、‘首なし’って仇名(あだな)がピッタリじゃないか?」

楽しそうなオペレーターを無視して、老人の愛機は‘首なし’から距離をとっていた。

「ク…。なるほど、やるな。…だが!!」

‘首なし’はブーストを吹かして低空に留まると、小型ミサイルを8発射出した。オグマは弧を描いて走り、ミサイルは後方で爆音を上げた。

「やれやれ。やはり、こんな出来損ないに足止めは無理だったか。」

煙の向こうに4脚らしいACの影が覗く。

「じいさん、あんたの言った通りだったな。噂のリム・ファイアーにACバレットライフ。武装説明はもう要らないな?賞金、貰おうか!」

「金か…。役に立つ事もあろう。だが…。」

「へいへい。そう言うとは思ってたがな。言ってみただけさ。」

声を聞くに、オペレーターが呆れている事は明らかだった。

「余裕だな。――ならば覚悟は出来たという事だな?」

言い終わるのを待たず、バレットライフの両手に装備されたフィンガーマシンガンを斉射するリム・ファイアー。

「貴様等レイヴンには残らず消えて貰う!」

リム・ファイアーの言葉を聞いていたかどうかは定かでないが、首なしが合わせて撃ち、途切れ途切れの十字砲火が出来上がる。

何とかオグマを2機の死角に回り込ませるファゴスだったが、弾丸は全てギリギリの位置を通り、3、4発がシールドに当たった。

「まずいんじゃないか、じいさん?」

劣勢は明らかだ。それでも老人は表情一つ変えない。

「心配するな。」

老人の声は極めて落ち着いていた。

「‘(とき)を待っているのだ。」

‘首なし’が散発的に射ち、‘魔術師’がひらりと躱す。

「チィッ…!当たれ!当たれっ!このっ!」

首なしACの動きが悪く、射線のズレが目立つ。十字砲火も長くはもちそうも無い。

「役立たずめ…。合わせるという事を知らんのか。」

「雇い主のオレに役立たずだと!?貴様ぁっ!!」

テロリストは己の無能を棚に上げて激昂(げっこう)している。首なしACはいきなり銃口をバレットライフに向け、構え直した。…が、次の瞬間、バレットライフの左手の銃口はほぼ0距離で首なしの頭部に向けられていた。

「…いい気になるなよ。貴様は単なる駒だ。――この瞬間に消えてもいい。」

「…ま、待て!」

スピーカーを通して聞こえるリム・ファイアーの声には、怒りを押し殺している様な、不気味な冷たさがあった。テロリストはすっかり怯えているらしく、首なしの動きは完全に止まっていた。

発砲は止んだものの、右手の銃口は未だオグマに向けられたままだった。

「戦闘に集中しろ。貴様がヘマをしたら容赦なく殺す。…解かったか?」

話が終わるのを待っていた老人は、オグマの‘弓’を敵の頭に向けた。エネルギーが収束して光が翔ける。――が、これは的を外れ、天井に炸裂した。

「見事。…それほどの力を持ちながら、残念としか言いようが無い。」

「フン…やはり…。馬鹿な連中の戯言(ざれごと)ではなかった様だな。音に聞こえた魔術師と、実際に戦う事が出来るとはな!」

「ピン・ファイアーの息子よ。」

経てきた時間がそうさせるのか。語りかけるファゴスの声は静かだが、(まど)う事のない堂々とした響きを持っていた。

「怒りや(いきどお)りは時として大きな力を生む。…だが(もろ)い。そして不安定だ。お前はここで、それを知るだろう。」

「今更、知る事などない。戯言はそれくらいにしてもらおう。」

首なしは飽きもせず無駄弾を撃ち続けた。それらは建物の天井や柱に存在の証を残しただけで、何の役にも立たなかった。

「あーあー、可哀想に。あのままじゃ弾切れ一直線だな。じいさん、1発くらい当たってやったらどうだい?」

首なしの弾を避けるのは造作もない事だったが、バレットライフの方は、そうはいかなかった。安易に接近しようものなら、(たちま)ち蜂の巣にされそうな勢いだ。通常回避だけでは間に合わず、上昇してもすぐに真下から大量の弾丸が襲ってきた。

「俺はレイヴンを認めない!」

スピードに勝るオグマだが、壁に囲まれた空間では限界があった。オグマに張り付く様に距離を詰めるバレットライフ。この距離が保てなくなった時、待っているのは――死。

オグマはレールガンのトリガーを引き、回避しながら充填時間を稼いでいる。

バレットライフは両手のフィンガーマシンガンを撃ち尽くしたらしく、素早く破棄すると、ハンガーのマシンガンに持ち替えた。こちらも動きに無駄はない。

「チッ…!」

首なしは弾切れになったライフルを捨て、ミサイルに切り替える。――と、突然、オグマが足を止める。

(追い詰めた。これで…。)

リム・ファイアーは狙う必要もないほどモニター一杯になった的に勝利を確信した。

「終わりだ!」

不意に、眼前のオグマの姿が揺れる。

「何!?」

衝撃が走る。

バレットライフの右腕が、跡形もなく吹き飛ばされていた。

「…認めない。認めないぞ…!」

左手のマシンガンを乱射するバレットライフ。焦りのせいだろうか、弾はばらけて、当たる気配すらない。ミサイルを使うには近過ぎる。(あきら)めてチェインガンを構えるが、突然、光に視界が(さえぎ)られる。オグマが避けた首なしのミサイルが柱や天井の一部を破壊し、()漏れ日(もれび)の様に日光が差し込んでいた。

「役立たずな上に邪魔までするとは…!言ったはずだ、ヘマをしたら貴様を殺すと!!」

バレットライフは首なしに銃口を向け、発砲した。関節を失った首なしの右腕が脱落し、火花を散らす。

自棄(やけ)だな。敵さん、壊れちまったのかい?」

老人はオペレーターの無責任な発言を、()えて無視した。

「今のは警告だ。次は殺す。」

機器に異状がある訳ではなさそうだが、首なしのパイロットは(おび)えているのか、先程から一言も口にしない。

「じいさん、これじゃあ、首なしの奴があまりにも可哀想だ。さっさと終わらせてやったらどうだい?」

「うむ。それがよかろう。」

オグマは敵に回り込まれない距離まで移動すると、攻撃を避けつつ、素早くしゃがんでキャノンを構えた。軽快な連続音と共に6発の光弾が打ち出され、内4発がミサイル、レーダーと両脚を破壊した。

「…!!」

「敵さん、ぐうの音も出ないらしいな。あーあー、可哀想に。‘首なし’なのに、首と胴だけ残るとはね。」

「丁度いい。後で始末する手間が省ける。」

リム・ファイアーはついに、仲間――手駒を捨てた。

「貴様!最初から俺を…!」

「当たり前だ。こんな時期に盗賊ゴッコの馬鹿共が組織気取りとは笑わせる。それがあまりにも使い捨てに便利だから利用しただけだ。」

バレットライフは冷酷な主人の意志に従うようにゆっくりと腕を下ろし、足元に横たわる首なしに銃口を向ける。

「心を――捨てたか。」

老人の声に、思い出したかの様に振り向くバレットライフ。しかし――

「何?」

見回してもオグマは見当たらない。レーダーの光点は確かに‘ここにある’と示しているのに…。

「上か!?」

見上げた先には先程開いた穴があるだけだった。次の瞬間、背後でズンッ…と低い音がした。

リム・ファイアーは即座に状況を察した。

「馬鹿な…」

一瞬、音が消えた。振り向くとオグマがしゃがんで構えている。

(やられる…!!)

――突然の轟音に静寂は破られた。壁が吹き飛んで外が見える。眩しい外光の中に大きな影が1つ、異様な気配を(まと)って佇んでいる。

「俺は貴様を認めない。――次は殺す。」

バレットライフはブーストを全開にして走り去った。

「何だ、ありゃ?…ちょっと待ってくれよ…データ照合…。該当データなし。見てくれはACみたいだが…。」

ACではないな。」

一見すると逆関節2脚のACの様な形状だが、ディテールはまるで違う。滑らかな円筒を基調にしながら鋭い突起の目立つパーツデザイン。両腕はレーザーブレードと一体になったデュアルブレード型だが――それはACパーツのデュアルブレードよりずっと長大なものだった。そして何より、機体各部に美しい青色の透明部分があり、その輝きがこの不明機の異質さを(かも)し出していた。

「…おかしい。」

「ああ。…新型か?」

「そうではない。静か過ぎる。」

殺気を感じない――否、それどころか、この不明機からは何の感情も感じられなかった。怒りも、恐怖も、緊張さえも。

不明機は両手――蒼い光の刃を正面で交差させた。

「…来る!」

「高エネルギー反応!レーザーか?」

交差していた腕が開かれた瞬間、オグマ目掛けて蒼い光条が走る。滑る様に回避行動をとるオグマ。

――ドンッ

短く低い音がして、黒煙が立ち込める。

その煙の幕を突き破ってオグマが現れ、右手の武器をそっと下ろす。レールガンの残弾は尽きていた。

不明機はオグマの後ろに回る。――速い。両手を振り上げて構えた不明機の斬撃を、オグマは後方に飛び退きながら紙一重で躱すと、シールドを外して即座にハンガーのブレードに持ち替えた。

不明機が再び構える。

腰を落とし、踏み出すオグマ。

――ヴンッ…!

空気を薙ぐ音がして、オグマと不明機が交差する。オグマの左腕は肩の横、水平に伸びきって静止していた。

一瞬の静寂。続く爆音。胴を一閃された不明機は爆炎の中に消えた。

「片付いたな。武装勢力の人間は全員、生かしてある。今回の依頼はあくまで、此処からの強制退去じゃからな。」

「お疲れさん。先方にはその旨、報告しておく。後始末は他に頼んである。連中の身柄は政府に引き渡される。…企業連中に渡したら即刻、処刑されちまうからな。」

「すまんな。世話をかける。」

「仕事だからな。」

破れた壁からは、遠くの山脈が稜線を青く浮き上がらせていたが、それを眺める老人の表情は、未だ険しいままだった。

 

襲撃開始予定時刻まで残り16時間。ジャック・Oによって放たれた火は徐々に、しかし、確実に燃え広がっていた。

 

 

EXIT