第3話 狐VS狐

依頼者:バーテックス
報酬:109800
作戦領域:レイヤード・アンバークラウン

 朝日の光がガレージ内を照らし、ゼクセン明るくなった自室で端末を開き、溜まったメールの整理に追われていた。メールの差出人は個人的に付き合いがあった者や、レイヴンとして活動し始めた頃に戦友と呼んだ嘗てのアークの同期など、溜まるに溜まった数は延べ百数件以上。
「全く、どうも予想以上に数が多くて、指が痛いぜ・・・。こりゃ、ACを動かすよりハードだ」
「・・・なに言ってるんだ?ここまで溜めたのは何処の誰だ?」
 皮肉混じりにデュラムが部屋に入ったきた。彼の手には何枚かディスクが握られ、それをゼクセンに渡すと端末にディスクを読み込ませ、中のデータを画面上に映すも画像はぼやけていた。写真には辛うじてACと視認できる物だったが、ゼクセンは慣れた手つきでマウスを動かし、別のファイルから解像度を操作できるソフトを使って解像処理を施す。処理を終え、写真を見るなりゼクセンは首を傾げた。
「何だコリャ?」
「ACだぜ?見て解らないのか?」
「そうじゃない。俺が言いたいのは、見たこともないACだってことだ」
 写真には軽量二脚型らしきACが写っていたが、そのACは、今までにない初めて見るタイプで、徐にデスクから30リストの手配書を取り出して該当するACを探すも、背景の色と若干同化して機体の特定は出来なかった。
 端末からメールの着信を知らせるアラームが鳴ると、メールのフォルダを開き、届いたメールを確認する。
「バーテックスからの依頼・・・?レイラの端末を通してではなく、直接俺に?」

送信元:バーテックス
件名:依頼
私だ。
このメールは、個人的に私が君へ直接依頼を申したいために送ったものだ。先のセントラルオブアースで見た君の力に興味を持ったので、是非、受けて欲しい。
依頼内容だが、オールド・ガルとアヴァロン・バレーに挟んだ位置にあるレイヤード・・・「アンバークラウン」で、ここ最近活動を始めたという組織が、レイヴンを使って妙な研究を行っているらしい・・・。私がバーテックスを組織する以前、アークがまだ健在だった頃、私と親しかった数名のレイヴンが突然として行方をくらましたのだ。しかし、その後の調査を進めてみると、行方不明となったレイヴンがいずれも何らかの形でこの都市に任務として赴いたまま帰還しなかったということが判明した。この都市へ、私自らが調査に赴きたいが、極度に緊張した現在のアライアンスとの戦況を考えると、単身で行動は、襲撃などの不確定な要因に何時遭遇するか解らないものだ。そこで、君に私との合同調査の参加を兼ねて護衛を引き受けて欲しい。
勿論、報酬は弾むつもりだ。
いい返事を待っている、では。

「いい返事を待っている・・・か・・・。デュラム、レイラを呼んできてくれ」
 ガレージの横に待機させていた大型輸送機にACを乗せ、現地へと向う・・・。航行中の機内でレイラは今回の任務について少々不服に思い、ブツブツと文句をたれていた。
「・・・全く何を考えているのよ?突然ACを動かして私を呼んでみたら、『任務だから行くぞ!』だなんて。」
「だからこうして事情を話してんじゃないか?」
「話す以前に、何の相談もなしに、いきなり、私を引っ張り出した人が言う台詞!」
「だから、それは悪いって・・・」
「だから、だからって何度も言わないで頂戴!余計苛立つ!」
 同行していたデュラムは、遠くから2人の痴話喧嘩を見ながら笑い、持っていた端末に今回の任務についてのレポートを書き始めた。
「今回の任務は、あのジャックが、ウチの若大将にメールで送った個人的な要望で成立したものらしい。何でも、奴がバーテックスを旗揚げする以前から目をつけていた連中の所へ行くってことなんだけど、俺もそうだが、大将も気付いているらしく、今回の任務・・・妙な胸騒ぎが止まらない。何でだかな・・・」

「目標地点に到達、これより着陸シークエンスに入る」
 ゼクセン達を乗せた大型輸送機は、アンバークラウンから程近い位置にある無人の飛行場に着陸した。搭載したACを降ろすと、1機のACが出迎えていた、それは、ジャックの機体「フォックスアイ」。ジャックはゼクセンが持っているガレージからここまでの距離が相当離れていることを考え、アンバークラウンから一番近いこの飛行場で待っていれば必ず合流すると踏んでいたらしい。しかし、当のゼクセンは、向こうには何の連絡もしていないのに如何してここが解ったのか不思議な顔をしながらジャックを見つめた。
「いきなり呼んですまない、来てくれたことに感謝する」
「それはいいんだが、お前は仮にもバーテックスのリーダーだろ?リーダーがサークを離れて大丈夫なのか?」
「心配はない、シティの守りには烏大老とメビウスリング・・・それに主力部隊の何割かを回してあるからな」
 そう言い放ちジャックは余裕の表情を見せると、フォックスアイのジェネレータを起動させ出撃準備に入り、それに合わせながらゼクセンもスキールニルのシステムを動かす。
「パイロット〈ゼクセン〉、認証コードを確認。AC〈スキールニル〉、メインシステム、戦闘モードを起動します」

 地上ゲートのロックを解除して都市の奥へと2人は進んで行く・・・。大深度戦争以前に建造された都市なのだが、現在はゴーストタウンと化しているも、都市機能はまだ生きていた。ジャックの話では、最近になって正体不明の謎の組織がここを活動拠点として利用しているとのことらしい。やがて、2人はエレベータの最下部に達し、ゲート開くと目の前には巨大な洞窟が広がる。その時である、レイラから通信が入った。
「ジュン、気をつけて。何か近づいているわ・・・。これは・・・」
「ゼクセン、来るぞ」
 ジャックが臨戦体制を整え、ゼクセンはモニターを睨む。すると白く細身のACが視界に入り、距離を置いて止まった。
「またネズミどもか・・・懲りない奴らだ。どうやってここを嗅ぎつけたかは知らないが、今のうちにここを立ち去れ!貴様らの命があるうちにな」
 謎のACからの警告が発せられていたが、ジャックは躊躇することなく持っていた右腕のレーザーライフルを構え、発砲した。発射された図太いレーザーの弾丸は、警告を出したACをかすめ、奥にあった鍾乳石は膨大な熱量に耐えかねて砕け散った。
「やはり口で言っても解らないようだな・・・。俺は面倒が嫌いだが、貴様達はここで死んでもらおう!」
 軽量対重量という相反する機体構成にも関らず、両者の腕は互角に近かった。
「貴様ごときが・・・このスティンガーに勝てるわけがない」
 スティンガーと名乗ったその男の操るACは軽い機体を活かし、ジャックの鈍重なACを翻弄するも、ジャックは冷静に対処し確実に相手を狙える位置まで距離を離す。遠くから2人の戦いを見ていたゼクセンはデュラムから通信を受け取った。
「・・・間違いない、奴だ!」
「デュラム、何が?」
「お前に見せた、あの写真のACだ」
「アレが・・・か?」
「そうだ、奴の名は“スティンガー”。ここを拠点に何やら怪しい計画を進めているっていう“ウェンズデイ機関”が雇った用心棒のレイヴンさ。ついでに言えば、奴の乗ってるあの白いACは“ヴィクセン”。ミラージュのパーツが機体の殆どを占め、その上機動性も高い。プラス、奴のレイヴンとしての腕も高い・・・。とにかく奴は強い、気をつけろ」
 ジャックの援護に回ろうとするが、この時周りの注意を怠ったため、スティンガー以外の敵にゼクセンは気付いていなかった。
「へへ・・・賞金首が2人もいるぜ?間抜けな奴らだな・・・」
「お前は青い奴を殺れ、俺は赤い奴を殺る」
「・・・?南南西に熱反応・・・」
「どうした、レイラ?」
「なにか居るわ、気をつけて」
「お前の賞金貰った・・・」
ドンッ・・・。爆音と共に突然、辺りに閃光が走る。
「・・・!?至近・・・当たる・・・!」
 ゼクセンが咄嗟に回避行動に移るも間も、光の弾丸との距離の差は縮まる一方であった。・・・が、機体に衝撃はなく、EN弾は何故か命中することなく潰えていた。・・・次の瞬間、白い霧が辺りを包み込む。
「ちっ・・・、煙でセンサーが狂ったか・・・。くそ、感度の再調整じゃ間に合わん、センサーをオートからマニュアルに変更し、カメラのサーモモードと暗視モードを起動。ジェネレータの出力・・・ライフルと両肩のエネルギーラインを全てブレードに集中。・・・さて、出て来るは蛇か鬼か・・・」
 コクピットの計測器が異常を示す警告表示に、咄嗟に各センサーを切り替え、目の前のモニターは殆ど白一色。その霧の中、スキールニルの前に立つ影があった。
「光?円形のエネルギーシールド・・・AC?」
『ACを確認。機種特定・・・該当データ無し』
「どうにか間に合ったようじゃ・・・」
 MTとの間に割り込んだ正体不明機は立ち枯れた樹木を思わせる灰緑色のAC。正体不明のACはまるでスキールニルを守るかのように眼前でエネルギーシールドを展開していた。機体から聞こえてくる声は老人のものらしかった。言葉とは裏腹に、その響きにはある種の落ち着きが感じられ、語尾の調子からは笑みを浮かべているらしい事さえ伺えた。
「何だ、お前!」
 突然の光景に驚くMTのパイロット。
「愚者はイチイの矢に倒れる」
ドンっ!・・・。突如、雷光がMTの武装を腕ごと貫き、正体不明のACは貫通の衝撃で崩れるMTを横切る。
「・・・何だ?今のは・・・」
 老人は沈黙し、彼を乗せた謎のACは洞窟の闇へと消えた。が、目の前には依然、MTが残っている。ゼクセンは我に返り、左腕部のブレードで残りのMTを片付けジャックの援護に向かうも、既に勝敗は決していた。
「無事か?スティンガーはどうした?」
「奴なら、先程退いて行ったぞ?」
「逃げられた・・・のか?」
「そうなる。・・・しかし、君の方こそ、まさかあのACに逢うとはな・・・」
「知っているのか?」
「詳しいことは解らんが、噂では“魔術師”と呼ばれるらしい。あの神出鬼没さ、敵に回ったときは特に気をつけておけ・・・」
「ジャック・・・」
「仕事は終わった。帰還するとしよう・・・」

 ・・・アンバークラウン地上ゲート付近・無人飛行場。
「・・・君の活躍で、収穫はあった。感謝しよう。では・・・」
キイイイイン・・・・・。ジャックのフォックスアイが地平線の彼方に消え、ゼクセンはデュラムを呼んだ。
「・・・デュラム、リサーチを頼みたい・・・」
「リサーチ?一体何のだ?」
「地下で遇ったあのAC・・・、ジャックが言っていた“魔術師”とか言う奴を・・・頼む」
「(あの時、振り返った機体・・・去り際にあのACから、微かに聞こえたな・・・。『ジュン・・・正道を歩みし者よ・・・』と・・・)」

 ・・・一時間後、セントラルオブアース難民街。
「くうぅ〜!いやぁ、美味いのう。やはり、これに限る!」
「お客さん、そろそろ看板にしたいんだけど?」
「・・・ん、もうそんな時間かい?」
「しかし、じいさんも今日はやけに上機嫌だな?」
 老人はひとり、難民街の小さな酒場で、満面の笑みを浮かべながらジョッキの中身を一気に飲み干し、上機嫌に酒を楽しんでいた。
 ・・・が。
「ぐやじい〜〜・・・」
 別方向から聞こえる異様な声に、老人は驚いた様子で酒場の店主に問い掛けた。
「何じゃ・・・あの娘さんは?」
「あのお客さん、さっきからずーっと、あーなんだよ?」
 店主と老人が向いた方向・・・。そこには少女が悔しき泣きに自棄酒を飲ながら物騒な言葉を並べる姿が見えた。
「がーー、あいつ絶対に殺す!この屈辱以上に地獄を見せてやる」
「あ・・・アリス?」
「う〜・・・。今度会ったら、一寸刻みに斬り殺してこの世に生を受けた事を後悔させて・・・」
・・・ぽかっ。相方であろう年上の女性は少女の後頭部に軽い拳骨を打つ。
「ストーップ。これ以上言うと周りの客に迷惑が掛かるから止め」
「だ・・・だからって、殴らなくったって・・・」
 年齢差のある2人の会話を横で聞いていた老人は微笑しながら再びジョッキを握る。
「・・・?向こうも訳ありみたいだな・・・。じーさん、好きなのを言ってくれ?あの2人、当分終わりそうにないようだし・・・」
「じゃあヒースエールを・・・ホップはいかん。」
「物好きだね?こんな化石見たいな酒を飲むのはじいさんくらいだぞ?・・・それよりもさっきの嬉しそうな顔していたけど?何かあったのかい?」
「見つけたんじゃよ・・・。“光”をな・・・」

バーッテクス襲撃決行まで・・・あと18時間。

傭兵達の戦いは続く、自らの信念と命を懸けて・・・

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