第10話 プリンシパル

 

 

依頼者:クレイン・トリスタン

作戦領域:アイザールダム

報酬:0c

弾薬費、修理費全額支給

 

16:23 アイザールダム

 

「お嬢さん、準備はよろしいかな?」

AC輸送用のトレーラー1台がやっと入るだけのスペースを挟み、ダム上部で睨み合う2機のAC。

両の腕を下ろし、まるで眠っているかのように静かに佇むのは、太古の森の樹を思わせる灰緑色の2脚型。老人の愛機、オグマだ。

対照的に、両腕を前に出して構えるのは、湖上に浮かぶ白鳥の如く優美な白色のフロート型。こちらはノエルの機体、サンダイルフェザーである。

「お手柔らかにお願いしますわ、おじ様?」

「では・・・」

老人の静かな声と共にカチリと音がして、ゆっくりとオグマが右腕を上げる。

「ゆくぞ。」

頭1つ分、姿勢を低くすると同時にオグマの影が揺れ、ノエルの視界から掻(か)き消えた。

 

 

1時間前・・・

15:24 セントラルオブアース難民街 バー“パスティス

 

依頼者:クレイン・トリスタン

作戦領域:アイザールダム

報酬:0c

弾薬費、修理費全額支給

 

初めまして。あなたの噂は耳にしています。

あなたが如何なる組織にも与しないことも、利益を求めてはいないことも。

そこで是非あなたにお願いしたいことがあり、お友達を介して依頼することにしました。

依頼内容は模擬戦への参加です。

新しく私達の仲間となったレイヴン、プリンシパル。彼女の実力を測るため、同じレイヴンであるあなたに彼女との対戦、及びそのジャッジをお願いします。

本人には既に了解を得ていますが、対戦場所は物資配達の都合上、アイザールダムとさせて頂きました。

同区域は現在、バーテックス勢力下にありますが、私達は中立の立場故、両軍の戦闘に干渉しない範囲で物資を公平に提供していることをお忘れなく。

尚、弾薬費及び機体修理費は全額こちらが負担します。戦い方やルールはあなたにお任せしますので、宜しくお願いします。

 

「お友達・・・か」

老人は呟(つぶや)き、苦笑する。いつものカウンター席で携帯型端末の画面を眺めていたファゴスは、いつも通りにお世辞にも器用とは言えない手つきで皿を拭いてばかりいるマスターに目を向けた。

「…ホセ。お前さん、いつからこんなにお喋りになった?」

「…面目ない。昔っから酒と美人には弱くてなぁ。」

マスターは少しバツが悪そうに、軽く頭を下げてみせた。表情を作ろうとするが、照れ笑いは隠し切れていない。

「…まぁ、よい。」

老人は呆れ顔で目を瞑(つぶ)ると、グラスの中の酒を一口飲んだ。

この老人には珍しく、いつものエールビールではない。少し褐色を帯びた明るい琥珀色のそれは、 “錆び釘(ラスティー・ネイル)”というカクテルだった。結局、この老人が好むものは古くからあるものばかりなのである。

「だが、“バルカロール”も酔って転覆では話にならんぞ?」

「しぃーーーっ!昔の名で呼ぶなって!」

マスターは相当慌てたらしく、右手の人指し指を立てて口の前に持ってくるが、中指と薬指で挟んだまま、不恰好にぶら下がっている布巾に気付き、慌てて引っ込めた。

難民街の外れに位置する為か、この店の客は一風変わった者ばかりだ。

ニコリとも笑わない兵器関連の技術者などはまだ良い方で、胡散臭(うさんくさ)い情報屋と傭兵気取りのAC乗り、それに安酒と水しか飲まない難民ばかりで、すぐ隣のオフィス街で働いている、スーツ姿にネクタイといったまともな客は滅多に寄り付かなかった。

しかし、それがこの場所の利点でもあった。秘密の会話にはもってこいなのである。

辺りを見回しても案の定、今の会話に聞き耳を立てているものはいない。マスターと老人の他にはテーブル席で話し込んでいる男女の客と、手伝いの青年が一人いるだけだった。

マスターはまだ布巾を持ったままの手でホッと胸を撫で下ろすと、気を取り直して直して作業を続けた。

本名、ホセ・ディエゴ・バルカ。今はビール腹が目立つ気のいいオヤジといった風情のこのマスターも、かつてはバルカ(舟)という家名とよく響く声、そして気分がのってくると口ずさむ歌から、“バルカロール(舟歌)”と呼ばれたレイヴンであった。だが今、その事を知る者は本人と、目の前で笑っているどこか得体の知れない老人だけである。そして数年前、この老人がひょっこりと店に現れてからは裏の稼業と称して専属のリサーチャー兼、オペレーターをしている。

「・・・ま、あんたがコイツを請けるとは思っちゃいないがね」

呟くマスターの視線は、先程の皿と交替で磨き始めたタンブラーに注がれている。

「裏方は、任せるぞ」

予想だにしていなかった言葉に思わず顔を上げるが、さっきまで老人が座っていたはずの席は既に空っぽで、美しいマホガニー製のカウンターの上には酒の代金と思しき電子マネーと、水滴で少し曇ったオールドファッションド・グラスが並んで置いてあるばかりだった。

「…さて、と」

マスターは口元で笑うと、タンブラーをそっとしまい込んだ。

「先方に連絡しないとな」

 

 

15:45 ACキャリアーコンテナ内 オグマコクピット

 

真っ暗なコクピット内に点(とも)る計器類の明かりは都市の夜景を思わせる。距離感がない。目が慣れるまで、それらはまるで手の届かない遠くのものに見えた。

『今回の対戦相手、ノエルはこの先で待っています。細かいことは本人の希望で伏せさせてもらいますが、彼女は元アライアンス戦術部隊の女性隊員で、レイヴン名はプリンシパル。訳あって組織を脱退し、今は私たちのメンバーとして一緒に行動しています』

「心得た」

老人は短く答えるとまた、沈黙の中にそっと腰を下ろした。――静寂がやってくる。

ふと、意識の底から先程の光景が浮かんでくる。

 

甘味の強い琥珀色の酒を飲んでいた時のこと。老人はつやのあるカウンターにそっとグラスを置いて物思いに耽っていた。バーテックスからの突然の襲撃予告、再び表舞台に現れたジャックの思惑、一枚岩になりきれていないアライアンスの水面下の動き…思考の枝が次々と伸びていき、蒼い光を放つ不明機に触れたところで思索は中断された。氷が溶けてグラスの中の酒が薄まっていないか気になったからだ。

グラスに目を移した彼は、ある変化に気付いた。表面の一点が白く曇っている。曇りは徐々に加速しながら広がり、すぐにグラス全体がざらざらした白いものに覆われた。霜だ。――凍っている。ドライアイスの煙のような冷気が、白い輪になってグラスの外に広がっていく。

(来たか・・・)

次の瞬間、老人の脳裏に様々な情景が浮かんだ。

無機質な機械に覆われた広大な空間とその中央に置かれた巨大なコンピューター。ツヤのある黒と深い紅の二色に塗り分けられた装甲――ACだろうか。全て同型と思われる多数の機体が薄暗い空間に並べられている。場面が変わる。今度は何処かの研究室らしい。夥(おびただ)しいモニターが並ぶ部屋に、白衣を着た男が数名。緊張した様子で何やら話しているが、聞き取れない。中央にいる責任者らしき男がしきりに声を上げて周りを急かす。その右隣で必死にキーボードを操作している男がモニターを見ながら何かを伝えている。状況報告らしいその声は次第にはっきりと聞き取れるようになり、「暴走」と聞こえた。再び場面が変わる。視界一面に広がる炎。その向こうに佇む影がひとつ。朱と黄金の照り返しを背に受けて立つのは先程のACだ。振り返ったその機体の肩にあったエンブレムは幾何学的なディテールの円形を中心に描かれたアラビア数字の9だったが、それを覆い尽くすようにして別のイメージが浮かんできた。黒い球体に金色の文字で同じく9が描かれている。それは何故か、単純なデザインとは裏腹に不気味なまでの存在感を持っていた。

(・・・これは!?)

イメージはそこで切れた。

グラスを見れば、表面を覆っていたはずの霜はなく、中の氷はまだ鋭角的な輪郭を保っている。マスターは何も気付いていない様子で、せっせと皿を磨いている。

言い知れぬ不安が重い影となって老人の背に凭(もた)れかかる。

「あれはまさか・・・」

 

『もうじきダムに到着しますので、機体コンディションの確認をお願いします』

老人はモニターをオンにした。暗かった画面に強い光が点り、照り返しで白い髭に覆われた頬と、尖った鼻の輪郭が浮かぶ。画面には機体情報が表示されている。その1つ1つを丁寧にチェックした老人が呟く。

「さて、どうなるか・・・」

コンテナが開き、隙間から溢れる光がオグマを白く染めていった。

 

 

2時間前 アライアンス勢力圏内某所 CODE-NINE研究セクター

 

非常事態を報せるアラームが所内に響き渡り、視界が警告灯の赤に染まる。

「何が起きた!?状況を報告しろ!!」

「・・・信じられない・・・格納庫のプロトタイプが起動しています・・・!!」

「何だと?!一体、何が起きたというんだ!?こちらのプロテクトはどうなってる!?・・・すぐに強制停止させろ!」

沢山の白衣の男達の中で一人、細いストライプのワイシャツを着崩した男が怒鳴っている。どうやら彼がここの責任者らしい。

「駄目です・・・!こちらからの信号を全て遮断しています!」

「こちらも効果ありません。シグナル、全て拒絶されています」

「制御不能!・・・後200秒で全システムが完全に乗っ取られます!」

「とにかく時間を稼げ!!・・・ハッキングか・・・何処からだ?」

「主任・・・これはハッキングではありません。信号の送信元は・・・当研究所内、CODE-NINEマザーフレーム。これは・・・暴走です!暴走しています!!」

「・・・何だと!?自立行動・・・?・・・何故だ・・・制御システムは完全ではなかったのか・・・?」

アライアンス参加各社の技術力を結集して組み上げられた制御システムは、正体不明の“何か”によってあっけなく瓦解した。研究所内の全てのシステムも今や風前の灯火(ともしび)となっている。

「現在、1番から8番まで起動、固定を解除して待機中の模様」

「待機?・・・武装は!?」

「幸い、明後日のテストに合せて換装予定だった為、左腕部レーザーブレード以外は武装解除されています」

研究主任の男はホッと胸を撫で下ろしたものの、すぐにまた険しい表情になった。

「施設内の全区画を緊急閉鎖!同時に管制室(ここ)の非常電源以外の電源供給路を全て遮断、間に合わなければ通路区画をパージしても構わん!・・・奴等を武器格納庫に入れるな」

「しかし主任・・・」

「1秒でも長く時間を稼げ・・・1秒でも、だ!!」

重い鉄の扉が次々と下りて、通路を寸断する。が、その途端、事態は急変した。

1番ハンガーのプロトタイプが移動を開始・・・」

――ズンッ!

所内が揺れる。

「・・・第46隔壁、破壊されました!」

「ブレードで切断したか。中央エリアの回線を切断しろ。隔壁を上げさせるな」

「そんな馬鹿な!・・・3重構造の強化隔壁ですよ!?こんな短時間で・・・」

「いや・・・、アレはタダのACじゃない」

研究主任がそう呟く間にも次々報告が入る。

「コントロール、奪われました!」

スピーカーを通して不気味な声が響く。

『・・・無駄なことはやめろ・・・』

「第43隔壁、破損!・・・嘘・・・だろ?」

『・・・反抗してももはや無意味だ・・・』

「ずれることなく同じ部分を切ったんだろう。隔壁の切断ぐらい、造作もないさ。だからこそ・・・」

研究主任はモニター上に映し出されたACを睨(にら)みつけた。

「今、外に出す訳にはいかない!」

 

 

16:23 アイザールダム

 

「速い!機体スピードは私の方が上のはずなのに、照準が追いついてない・・・?」

ノエルはサンダイルフェザーを滑る様に動かし、オグマを追いかけた。広くても、一面の水。僅かな岩場と一部の構造物を除いて、着地できるところはない。

だが、ファゴスは幻でも見せるかのように、ひらりひらりとオグマを舞わせた。サンダイルフェザーに張り付くように移動するオグマは、水際のギリギリのラインで跳ねてはノエルの頭上を越える。結果、何とかシーカーで捉えてもロックオンする事が出来なかった。

ファゴスが決めた今回の模擬戦のルールは単純だった。

5分以内にオグマのフレームの何処か一箇所に致命的ダメージを与える事が出来たらノエルの勝ち。オグマが逃げ切った場合は当然、ファゴスの勝ちとなる。

「近付いてだめなら・・・これはどう!」

サンダイルフェザーがオーバードブーストで一気に距離を離す。――オグマは追ってこない。

垂直ミサイルを放つと同時に左手のトリガーを引き絞る。ミサイルが着弾してオグマの周囲は煙に包まれた。煙の中を突付くのがセオリーだが、この距離でマシンガンは届かない。ノエルはサンダイルフェザーのスナイパーライフルを、タイミングを合せて可能な限り途切れないように撃ち続けた。

ミサイルはオグマの背後の岩壁に着弾し、煙と岩屑を撒き散らした。模擬戦の為に炸薬の量を抑えてあるとはいえ、その威力は侮(あなど)れない。オグマが破片を避ける為にゆっくりと左に動くと、少し遅れて先程の場所から跳弾する音が聞こえた。オグマは高度を下げる。しかし、続く弾も先程の場所に着弾したらしい。

「フ・・・」

老人は鼻で笑うと、愛機を先程の岩壁の下に潜り込ませた。頭上で空気が振動する。

(やはり・・・な。)

風が途切れたせいか、煙が残って視界が悪い。ファゴスには相手が自分の位置を掴めていないという事が解かっていた。

「・・・やるじゃない。でも・・・」

オグマとの距離を幾分近づけてミサイルを放つ。シーカーはオグマをロックしてはいない。サンダイルフェザーが距離を詰める。ミサイルはそのままオグマの左後方の岩壁を破壊した。破片を避ける為、オグマが回避行動に移る。

「行きます!」

――ターンする一瞬。

その隙を狙って構えていたサンダイルフェザーの“眼”がオグマを正面に捉えた。

時が止まる。

ノエルの目にはオグマの動きが非常にゆっくりとしているように見えた。

暴力的な発砲音が再びの時を刻む。右手のマシンガンが火を噴き、銃身が小刻みに跳ね上がる。同時にシーカーがロックされ、左手がライフルのトリガーを引く。

「・・・やったの?」

――バチッ!!

何かが弾けるような音が響いて、再びの沈黙が辺りを包む。

ノエルの目に映ったオグマは、腕に円い光の楯(たて)を掲(かか)げて厳然と湖上に佇んでいた。

「そんな・・・」

オグマがゆっくりと砲身を持ち上げる。

ノエルは本能で理解した。――当たる。

その恐怖と重圧に縛られて彼女は動けなかった。

砲身が跳ね上がり、蒼い光が迫ってくる。もう目の前の光以外、何も見えない。

――バシャァァァァァァァァァァァァッ!!

目の前が白く霞んで何も見えない。砲弾はサンダイルフェザーの足元に着弾して、飛沫と蒸気を立ち昇らせた。それが偶然ではないという事はノエルにも解かった。時計を見れば、時間まで後一分しかない。“魔術師”は姿をくらましたのだ。

「くっ・・・、流石はベテランね・・・。」

もし相手がこの霧の中から攻撃してきたら…ノエルに防ぐ手立てはない。レーダーにははっきりと光点が表示されていたが、先程の蒸気は濃い霧となって視界を奪っていた。

――風が欲しい。ノエルはマシンガンを乱射した。しかし、霧は掻き消されるどころか、薄まりもせずに次々と弾丸を飲み込んでいった。時間だけが過ぎてゆく。
「残り時間まであと僅か、せめて一発は・・・!」

サンダイルフェザーは闇雲に撃ち続けた。そして水面を滑り、オグマ目指して突進した。・・・が、オグマに触れることは出来なかった。光点は自機の位置と完全に重なっている。恐る恐るその場で旋回してみる。・・・45°・・・90°・・・180°・・・と、先程の向きから丁度真後ろを向くと、目の前を岩壁のようなものが塞いでいる。

・・・直進してきたのだ。今、通ったばかりのところに岩壁などあるはずはない。ノエルがその事を理解するのに1秒とかからなかった。レーダー上の光点はいつの間にか、僅かに前方にずれている。――これが何を示すのかは明白だった。

サンダイルフェザーが急ぎ腕を持ち上げたその時、残り時間の表示に0が並んだ。

ノエルがサンダイルフェザーの腕をゆっくりと下げる。

「・・・降参ね、私ごときではお相手になりませんわ」

肩を落としたノエルの耳に、穏やかな老人の声が聞こえた。

「お嬢さん、あなたは立派な勘をお持ちだ。…焦らなくてもいい。時間はきっとあなたを強くするじゃろう」

ノエルは応えなかったが、自分の戦った相手について少しだけ解かった気がした。

『じいさん、緊急事態だ!!』

沈黙を破ったのは、慌てふためく男の声だった。

『所属不明の機体が2機、そっちに向かってる。相手が何なのか、熱源反応だけじゃあよく判からん。とにかく、油断するなよ!』

老人の眼からは穏やかさが消えている。

「お嬢さん、悪いがわしは用事が出来た。・・・じきにここも危うくなる。出来るだけ早く弾を取り替えて離れなさい。」

ノエルはその言葉に従うつもりは毛頭ない。どの道ここも安全でなくなるというなら、協力して敵を討つ方がまだ安心だった。

急ぎ向きを変えて走り去ろうとするオグマをサンダイルフェザーが追う。老人の負う荷がまた重みを増した。

ダム上流に向かい、足場から足場へのジャンプを続けるオグマと、その後を滑るように追いかけるサンダイルフェザー。そこに突然、通信が入る。

『じいさん、通信だ!なんと、あのジャック・O直々にだぞ!・・・回線、まわすぞ?』

プツリと音がして、回線が繋がる。

『君の噂は聞いている。先刻、不明機・・・パルヴァライザーを撃破したらしいな』

老人は話の内容に察しがついて、一度だけ軽く首肯した。

『1つ、頼みがある。そちらに所属不明機が接近中なのは聞いているな?』

老人は黙っていたが、ジャックは構わず続けた。

『我々の特殊工作部隊がアイザールダム付近に展開している。…残念ながら非武装の部隊だ。そこで、彼等を何とか逃がして貰いたい。但し、パルヴァライザーには・・・あれには出来る限り手を出さないで欲しい』

「随分と無理な事を言う」

『・・・あれは危険だ。徐々に成長し、いずれは誰も手を出せなくなる。そうならない為にも、仕損じる可能性がある以上、撃破に向かうのは得策ではない』

「お前さんは手の内を明かさぬ男と思っていたが…よく喋るのう」

『必要なプロセスだ』

「ふむ。・・・だが、わしがそれを請けねばならん道理はない。・・・違うかな?」

『解かっている。これは作戦や組織の利害には関係の無い人助けだ。・・・それならば構わないだろう?』

立場上、実際にそうする事は出来ないが、頭を下げて頼み込むようなつもりで本人から直々の通信ということになったのだろう。しかし、部下を切り捨てる事で知られる男が部下を庇(かば)うとはどういうことか。ファゴスは暫し考えたが、簡単な結論を出した。

「よろしい。お前さんの部下はわしが何とかしよう。・・・但しその、パルヴァライザーとやらは場合によっては壊させてもらうぞ?」

『何?・・・否、君ならば或いは・・・。分かった、よろしく頼む』

話をする間も休まず移動を続けた2人は、先程の信号の到達予測地点に差し掛かった。正面遠方に不明機の機影が見える。紅いACが衝突しそうな勢いでパルヴァライザーに接近していく。

静止したパルヴァライザ−は腕部を交差させて迎え撃つつもりらしい。

収束した光が柱となり、一気に迸(ほとばし)り出る。

・・・が、紅いACは最小限の動きで光条を避けた。

ブーストを吹かし、2機が急速接近する。

パルヴァライザーが両腕のブレードを発生させ、ゆっくりと構える。

・・・と、その瞬間、姿勢を低くした紅いACが空気を裂き一閃する。

パルヴァライザーの右腕が水に落ち、同時に振った左腕の一閃は虚しく空を切った。

再び撃ち合おうと両者が距離を取る。

パルヴァライザーがエネルギーを充填させようと構える。紅いACは空中で静止すると折り畳まれていた肩の砲身をゆっくりと前方に倒して水平に構えた。

黒光りするグレネードの砲身は、真っ直ぐに標的を睨(にら)んでいる。

――ズドォンッ!!

低い音が空気を揺らす。衝撃で砲身が跳ね上がり、機体が僅かに後退する。

――ッズゥグゥワアァァァァァァァァァァァァンン!!

完全すぎる程の中心への命中。

凄まじい爆炎と立ち昇る水飛沫が恐ろしい勢いで空気を裂き、音をも飲み込んで拡がる。コアへの直撃を受けたパルヴァライザーは爆圧で内部から木っ端微塵に吹き飛ばされ、腕や頭は高熱で焼かれながら空中で散っていった。

辛うじて残った鉄屑の一部がプカプカと水面に浮かぶ。

「何という・・・」

老人は言葉を失って見入っていた。

「なによ・・・これ・・・、こんな・・・」

油膜に引火して紅の炎が水面に拡がる。

その照り返しを受ける、炎より尚紅いAC。それはまるで、地獄の業火の中、無言で笑う悪魔のようにみえた。

あのパルヴァライザーを一瞬で灰にする…老人はそんな存在をたった一つだけ知っていた。

「・・・ナインボール」

「・・・え?」

砲身を畳んだ悪魔が不意に語り掛ける。

『・・・誰であろうと私を超えることなど不可能だ・・・』

(来る・・・)

咄嗟にライフルを構えようとしたサンダイルフェザーだが、オグマの右腕がそれを制した。

紅いACは踵(きびす)を返すと、更に上流へと消えていった。

『じいさん、あれは一体・・・?』

「あれは、とうに滅びたはずの古(いにしえ)の物だ。しかし・・・何故此処に?」

『特殊工作部隊、作戦エリア離脱。任務完了だな?』

『部隊全機の生存を確認。何があったかは知らんが、とりあえず礼は言っておこう。君が動かなければ、部隊が標的にされたかも知れん』

「・・・ジャックよ。お前さん、パルヴァライザーより遥かに恐ろしい物と戦う事になるやも知れんな」

ジャックは暫く沈黙した後、通信を切った。

『不明機、ロスト。サンダイルフェザー及びオグマは所定の位置へ移動を願います。事後処理はゼクセンに任せていますので、合流後は彼に詳細を報告してください』

「了解・・・」

 

襲撃開始予定時刻まで残り10時間。光を遮る分厚い雲が、幾重にも連なって空への道を閉ざしていた。


EXIT