12話 破砕者

依頼者:ジオマトリクス
報酬:不明
作戦領域:オールドガルシティ

 サイナス飛行場での一件以来、アライアンス内におけるミラージュ派とクレスト派は完全に対立関係へと発展した。これに対し、キサラギ派は沈黙を保ち、戦術部隊に至っては、本部の内輪揉めに眼中など無く、対バーテックス戦線に孤軍奮闘の状態である。
 この情報はすぐさま各勢力の耳に入ることになる。しかし、ここへ来て辛うじて企業としての勢力を未だ保っているジオマトリクス、エムロード、バレーナの3社はアライアンスの連合組織に対抗すべく、求心力を失いかけた地球政府への軍事支援を3社合意の下で声明を発し、アライアンス討伐への力を獲得した政府だが、突然の政府との同盟締結の裏では、アライアンス亡き後で得られる膨大な利権を独占するための先手ではあるが、政府にとっては後の脅威となるのは重々承知のことではあるものの、現時点での情勢を考えても手段を選べる状況ではなかった。
 サイナス飛行場の裏の功績者でもある若く幼い技術者は、激化するサークシティ近郊から離れ、レイヤード・オールドガルシティにいた。
 特攻兵器襲来以降、戦災難民専用の救援物資を運ぶ運び屋として活躍していた彼女であったが、バーテックスの計画が最終段階に近づくに連れてレイヴン同様に危険な仕事も引き受けるようになる。物資を狙う様々な連中から守るため、自らもACに搭乗していることもその一端であるが、更には彼女の為人(ひととなり)に興味を持った元戦術部隊の女レイヴン・プリンシパルという戦力を持っていること自体が、更なる拍車を掛けている。
 
レイヴンではないのにレイヴンと同じ仕事をし、同じ報酬を貰う・・・

 依頼された仕事をこなしていくアリス自身、レイヴン同様に注目の存在となってしまったことにアリスは複雑な想いを抱く。その訳は2つある、開戦初期に政府首都でジャック・Oと一戦を交え、正午に至っては無人の前線基地で戦術部隊の司令官エヴァンジェを圧倒したという武勇伝を持ってしまったためである。
 数時間前の過去を思い返して後悔するも、過去へ戻るなど神でなければ到底無理な次元の話に、最早諦めるしかないと自分に言い聞かせる。
 政府との同盟関係になったジオマトリクスの地球本社の一室で、ジオ社役員と今回の依頼について打ち合わせをしていた。ジオ社からの依頼とは、サークシティ近郊で見かける正体不明の紅い機動兵器の目撃例が、この近辺でも報告され、ACとMTで構成された自社戦力の大半を政府に貸し与えてしまったため、調査部隊を派遣できない状態であった。そこで、本来はレイヴンを頼る仕事をアリスに回ってきたため、やむ得ず請け負うことにした。
 役員の話しでは、アライアンスの公式発表から紅い機動兵器の名は「パルヴァライザー」と名付けられ、その意味を「粉砕する者」。既に幾つかの企業部隊やレイヴンがこの予想外的存在の凶刃に倒されていることを知ると鳥肌が立ったが、一刻の猶予もないと考え、すぐに出撃した。

 オールドガル北部、ホーイックロックス山脈

 パルヴァライザーの目撃例が報告された場所。断崖には企業の作り出した航空基地があり、特攻兵器の被害を間逃れた場所だけにその重要性も高く、アライアンスは政府壊滅の橋頭堡としてバーテックスとの戦い以前から度々侵攻作戦が展開されていたが、ここを所有する企業はその都度迎撃して見事守り抜いた難攻不落の砦。大型の輸送機から降下され、インパクトファイアはその地表に重たい響きと共に姿を表す。全てが闇一色に包まれた空間に立つ2機のAC、僚機として連れてきたサンダイルフェザーはレーダー機能が充実している頭部パーツをフル稼働させ、辺りの様子に神経を研ぎ澄ませる。

「暗視カメラ作動・・・、レーダーには何も映らないわね・・・」

 ノエルが周囲の警戒にあたる中、アリスは目を瞑ったままACをその場から動かそうとしなかった。一流レイヴンと自負するノエルも彼女が何をしようかは分かっていた。下手に動けば神出鬼没の「敵」に不意をつかれる事になりかねないので、周りが見えない中では動かずじっと待つのが最善策と考えていたからである。
 アリスは全ての感覚を耳に集中させた。するとアラートサインが鳴り響き、レーダーを見ると正面に「それ」は現れた。

「四脚・・・?」

 次の瞬間、パルヴァライザーが視界から消えるとノエルに敵の位置を告げると搭載火器のひとつを起動させ火を吹く。サイナス飛行場の件で自作パーツの有用性がレイヴンによって立証されたため、今回も新たに既存武装を改造したハンドメイドパーツの数々がいたるところに目立つ。最初にパルヴァライザーへ攻撃をしたのは、両肩装備のクレスト社製デュアルミサイルCR−WBW94M2、このパーツはジャックのACにも装備されているミサイルランチャー、アリスはミサイル弾その物を強化鉄徹弾に改造した「M2改」。しかし、相手はACと違い、機動性が段違いに速く、撃ったミサイルも全段回避される。すかさずノエルも援護射撃に両肩の垂直ミサイルを全弾発射させるが同様にかわされ、それどころか、ノエルのACに向ってくる。焦りを見せつつも腕部の射撃兵装で応戦、だがパルヴァライザーの方が素早く、両腕を武装ごと切断され容赦の無い攻撃がノエルを襲う。
 仲間の危機にアリスはオーバードブーストを最大出力で作動させ、そのままパルヴァライザーに体当たりを敢行。そのまま零距離でアサルトライフルを弾切れになるまで発砲し、弾切れと同時に左腕のブレードで切り払った。パルヴァライザーが数十メートル飛ばされるが、ブレードの以外の攻撃は惜しくも有効打にはならず。
「固っ!なによ、あんだけ攻撃して切り傷だけ!?」
 だがアリスは退くことは出来なかった。アリスの後ろには大破したサンダイルフェザー、ここで何とかしないとパルヴァライザーはまた仲間を襲う。そういった恐怖がアリスを支配し、目の前の敵そのものが「死」という存在へと変化させる。頬に1発バチンとビンタをして気持ちを落ち着かせ、スロットルを最大に上げ、また体当たりを敢行、今度は右腕のアサルトライフルを捨てハンガーから小型のグレネードを取り出し、前回同様に零距離で砲撃、休む間もなくブレードで数回切り込み、相当なダメージを負ったパルヴァライザーはついに沈黙、爆散するのを確認し、ボロボロになったサンダイルフェザーに近付く。鉄の焦げた臭いがする機体から引き摺り下ろす。
「ノエルさん、ノエルさん!大丈夫ですか!?」
 数秒してから意識を取り戻すとアリスの顔を見つめ、笑った。
「・・・自分で一流だなんて言っておきながら、こんなんじゃ・・・」
「しっかりしてください!」
「アリス・・・、どうもこれじゃ、私はここから先は行けそうに無いわ・・・悪いけど・・・」
「嫌です、遺言なんて聞きたくないです!」
「悪いけど、私のACのパーツ使って頂戴・・・ね・・・」
 次の瞬間のノエルの声が途切れた。アリスは大粒の涙を流しながら大声でノエルを怒鳴ったが返事が無く、いつまでも大声で呼びつつける。
「死んじゃ嫌です、起きてください、ノエルさん!」
 既に遅かったと、全てが絶望したアリス、だが・・・
 ゴンッ! 拳骨がアリスに飛ぶ。
「・・・勝手に殺さないで頂戴、そんなに大泣きしなくても私は生きてるわよ。まったく、これじゃ妹を叱ってるみたいな感覚だわ・・・」
「良かった・・・あたし・・・あたし・・・」
「だから泣かないの!・・・ま、私のために泣いてくれてありがとうね」
「ノエルさん・・・」
「さっきの続き、私のACはこの先はあんな状態じゃ無理。だからあの機体のパーツ使ってくれる?」

 その後、ホーイックロックスに到着したジオ社部隊によって2人は回収され、幸い、ノエルは腕を折っただけで命に別状は無いとジオ社の医療スタッフから言われ、ここでもアリスは嬉しさのあまり、大粒の涙を流す。

 ジャックの襲撃予告まであと6時間・・・


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